「わたしがお店に入ると混む」という人

ボクの持っている、ある「特殊能力」についてお話ししましょう。それは生きていく上で役に立っているわけではなく、ボク自身がそれほど良い思いをしているわけでもないのですが・・・それでも、密かに自慢できる「特殊能力」と思っています。

それは「ボクがお店に入ると混む」ということです。

この世のオバサンと呼ばれている人(ボク自身も立派なオジサンですが)の殆どは、同じようなこと思っているような気がしているかもしれません。ただ、みんながボクと同じ「特殊能力」を持っていたとしたら、どこのお店もお客さんで混雑して、日本の景気だって良くなるはずです。しかし実際には、それほど景気が良くなっているという話は聞きません。おそらく、ボク以外の「わたしがお店に入ると混む」と自負しているオバサン連中は、かなり”まゆつば”と言って良いのではないでしょうか・・・。

ボクが、この「特殊能力」を自覚したのは、20歳の頃にアメリカの田舎町に住んでいた時・・・その町には、おしゃれなカフェやお店は数えるほどしかなく、アジア系の住民を街中で見かけることも殆どありませんでした。そんな田舎町ですから、ボクは結構目立つ存在だったと思います。当時、ボクの一番のお気に入りのお店は、埠頭近くにあったクッキーショップで、コーヒーが美味しいという評判のお店でした。学生だったボクが、そのお店に行く時間は”まちまち”・・・出勤前とか、ランチタイムとかの、混雑するような時間に足を運んだことはありません。にも・・・関わらず、ボクがお店に一歩入ると、あっという間に狭い店の中にお客さんが溢れることが”たびたび”起ったのであります。

ある日、クッキーショップのオーナーのキャッシーが、ボクの「特殊能力」に気付いたのです。「あなたがお店には入ると混むわねぇ」と、ポツリとひと言・・・。そう言われてみれば、クッキーショップに隣接していた雑貨屋でも、町外れにあるアートサプライショップでも、アメリカの工芸アートを販売するギャラリーでも、町で唯一高級ブランドを扱っていたセレクトショップでも、ボクがお店に入ると、たちまち店内が混雑してきた記憶がありました。

その後、ボクが大学の夏休みにクッキーショップでアルバイトしたいと申し出ると、キャッシーは二つ返事で了解してくれたのですが・・・これはボクの「特殊能力」を”買って”のことだったのかもしれません。アメリカの田舎町のクッキーショップで、背の高い日本人の若い男が働いているのは、かなり奇妙な光景であったようです。物珍しさもあってか、わざわざボクの姿を見にくる常連客なんかもいて、クッキーショップは夏休みのあいだ売り上げを伸ばしたのでした。今から思えば、サマーバーケーションで観光客が増えた時期であったということも、大きな要因だったのかもしれなかったのですが・・・。

しかし、小さな田舎町に限られた「特殊能力」というわけでもないことを、ボクは次第に知ることとなります。毎月のように遊びに出掛けていた大都会のニューヨークでも、似たような現象が起こっていたのでした。高級ブティック、SOHOのギャラリー、日本食レストランなど、どんな場所であってもボクの「特殊能力」は発揮され、ボクがお店を出る頃には、店内は満員なんてことも頻繁に起こったのです。そうして、ボクの中では「わたしがお店に入ると混む」という「特殊能力」を持っていることが確信と、なっていったのでありました。

「わたしがお店に入ると客がいなくなる」というのであれば、はた迷惑な「特殊能力」ではありますが・・・お客が増えて困るお店というのはありません。唯一、考えられるマイナス面と言えば、ボクの後からお店に入ってくるお客にとって、狭い店舗だと窮屈な思いをするという程度のことです。凄く役に立つ「特殊能力」ではないけど「ボクって世の中のプラスになる力を持っている」と、一人でほくそ笑んでいました。結局のところ、クッキーショップのオーナーしか、ボクの「特殊能力」は気付いていなかったので、ボクは長い期間、人知れずにボクは「特殊能力」を、あちらこちらで発揮していたのであります。しかし、いつまでも秘密にしていることは出来ませんでした・・・というか、実は自分の「特殊能力」のことは、誰かに言いたくて言いたくて仕方なかったところもあったのです。

自分の「特殊能力」に気付いてから、数年後・・・ある友人とあるお店に入った時でした。勿論、いつものように(!)混雑し始めたお店の中で、ボクは思わず「どうしてか知らないけど、僕がお店に入ると混んでくるんだよね」と、一緒にいた友人に遂に白状してしまったのです!

すると、その友人はボクの顔を見て、目を見開き、大きな口を開けて・・・「オー・マイ・ゴッド!実は、私もそうなの!私がお店に入ると必ず混むって、ずっとずっと思っていたのよ~!」と、逆告白されてしまったのでした。

「特殊能力」をもつ同志として意気投合(?)したボクと友人は、お客を呼ぶパワーのある二人が一緒にいるんだから、いつもよりもお店は混雑するのかも・・・なんてことを考えて、しばらく観察することにしました。しかし、その日は、どういう訳かあっいう間にお客は消えて、気が付いたら店内にはボクと友人の二人きりになっていました。お店から出た二人が、何故か無口になっていたことは言うまでもありません。

「占いって、よく当る!」と思ってしまうのも・・・実は当った占いだけを記憶していて、はずれた占いはとっくに忘れているだけということだったりするものです。また、ボクは街中で、犬とよく「目が合う!」と信じているのですが・・・単に、犬好きのボクがじーっと犬を見つめているから、犬も見返しているだけのことだったりします。結局、自分の都合のいいように、たまたま起こった現象を解釈していたに過ぎなかったのです。

確かに自分がお店に入った時に、他にお客さんがいないことは、よくあることです。そこに、フツーにお客さんが入ってくることも、よくあることなわけで、それは、先にお店に入っていたボクとは全く関係ないことです。まぁ、入りにくい門構えのお店の場合には、誰かいるお店の方が入りやすい・・・ってことは、あるのかもしれませんが。まぁ、普通に流行っているお店であれば、お客さんが、たて続けに入ってくることというのは、起こり得る状況なのです。それを「やっぱり!ボクがお店に入ったら混雑してきた」と、思い込んでいただけだったのです。逆に、他のお客さんがお店に全然入ってこなかった時というのは、特に何も思わずにお店を出ていっているだけだった・・・ということなのかもしれません。

冷静に考えてみたら、ボクは人一倍「自意識過剰」になっていただけ・・・という気がしてきました。そう感じてから、あまり自慢げに、この「特殊能力」について、自分から語らないようになったのでした。

先日、夜中の2時近くに近所のコンビニ行ったら、住宅地だけあって誰一人お客がいませんでした。ところが、ボクがレジを済ませる頃には、店内に5人ぐらいのお客さんがいたのです。分かってはいるけど「あぁ、やっぱりボクがお店に入ると混む!」と、心の中で小さく”ガッツポーズ”をしてしまったのでした。

(2009/7/13)